自主と強制を考える
九州にある、東福岡高校と筑紫高校のラグビー部の奮闘のドキュメンタリーを見たことがあります。(今も、あの有名な動画投稿サイトに上がっているかもしれません。)
東福岡高校の監督の方針は、選手の自主的な姿勢を大切にする練習。
筑紫高校の監督の方針は、強制的にでも選手を引き上げる練習。
どちらがいいか、どちらが悪いか、という話しではありません。
筑紫高校の監督が話されていたことが印象的でした。
「自主は、強制の先にあると思うんですよね。東福岡さんは、それをすごく上手にされているんですよね。」
私がこの動画を見た時、ある公立高校野球部の外部コーチをしていました。
その野球指導の観点から、「すごく参考になるなー」と納得しましたが、実はこれは勉強にも当てはまるのだと考えるようになりました。
強制してでもやらさなければならないこと。
それは基礎・基本です。昔から言われている「読み・書き・計算」のことです。
それを身につけるまでは、あらゆる工夫をして定着を図らなければなりません。
子ども達は、その基礎・基本を学ぶ中で、自分なりの学習の仕方を学び、それが定着した後に、学ぶ楽しさを見つけていきます。
大切なのは、この強制的にでも定着させなければならない基礎・基本の過程で、勉強を嫌いにさせないことで、「わかるって楽しい」を実感させる大人の関わりです。
私たちは先日、新たに開設する学童保育型学習塾「イデア」の、基本姿勢を確認しました。
それは、「怒ったら負け」ということ。
正確には、「自分と人に危険が及ぶ行為の時」だけは思い切り叱りますが、それも「怒る」とは異なります。
その根本は、「やらされる勉強は伸びない」と言う考えです。
強制的に身につける内容であっても、それが強制的にやらされているのでは伸びません。
強制的に身につける内容であっても、自ら進んでやれば伸びていきます(つまり、それは習慣化です)。
子どものその姿勢の差は、「楽しいか、つまらないか」に尽きます。
その視点を共有できる社員を、まもなく募集する時期となりました。